第23回  2017年3月1日    東京工芸大学名誉教授 加藤智見

 

連載・世界の宗教を学ぶ (5) 神道(その1)】

神道は、日本人固有の民族宗教ですから世界のさまざまな宗教とは違ったところが沢山あります。と同時に日本人が生み出した宗教ですから、現代の日本人で、たとえ無宗教だと思っている人にも、あるいは仏教徒だと思っている人にも、実は無意識のうちに神道的な生き方をしているところがあるのです。ここのところが現代の日本を、さらには将来の日本を考える場合、とても重要になりますので、連載の始めに六つの宗教を取り上げると述べましたが、今回は神道について二回分のスペースをとり、神道(その1)、神道(その2)とし、やや詳しく神道と日本人のものの考え方、感じ方に触れてみたいと思います。

(1)神道の神々
 江戸時代の国学者本居宣長(1730~1801)の書いた『古事記伝』によりますと、日本の神は「尋常ならずすぐれたる徳のありて可畏(かしこ)き物」であるとされています。畏(おそ)れ、畏(かしこ)む心を引き起こすものすべてに日本人は神を感じたというのです。ですから神道の神は無数となり、八百万(やおよろず)の神々といわれるようになり、一神教の神とちがって典型的な多神教の部類に入ることになります。したがって神道の特徴を理解しようと思うなら、神道の神々を分類し、分析していけばよいということになります。大まかに神道の神々を分類すると、次のような三種の神々に分類できます。 

 

花の窟(いわや)神社(三重県熊野市)。高さ四十五メートルの巨岩そのものが御神体として祭られている。
花の窟(いわや)神社(三重県熊野市)。高さ四十五メートルの巨岩そのものが御神体として祭られている。

 ➀自然神

 第一に、山、川、海、樹木や巨大な岩石、大地、さらには狼や蛇などの動物、つまりどこか畏敬の念を引き起こす自然物が崇拝の対象にされてきました。これらをまとめて自然神と分類します。たとえば山の神は大山祇神(おおやまつみのかみ)、海の神は綿津見神(わたつみのかみ)などと呼ばれ、巨大な力、不思議で神秘的な力を秘め、畏敬の念に満ちた自然物が信仰の対象にされてきたのです。

 

 ②人間神
 第二に、英雄とか偉人など、通常の人間にはないような力をもった人が神として崇拝されてきました。よく知られているように菅原道真(みちざね)は天神さまとして崇拝対象になり、今でも学問の神さまとして崇拝されています。ですから神といってもキリスト教の神ヤハヴェやイスラム教の神アッラーとはまったく異質な存在といえます。
またこれと関連し、日本では祖先を神として崇拝する傾向が非常に強いのです。農耕が中心になるころから、日本では血縁によって結ばれた同族集団の中で家長が尊敬されるようになり、死後その魂は浄化され、そのまま神になると考えられるようになりました。それにつれ祖先全体が崇拝対象とされるようになりました。
祖先崇拝というと仏教の専売特許のように思われていますが、そうではないのです。もともと仏教には祖先崇拝というものはありませんでした。仏教が日本に伝来してから、仏教と祖先崇拝が結びつくようになったのであって、元来祖先崇拝は日本的なものでした。このようなわけで日本には英雄信仰、偉人信仰、祖先信仰の歴史が古く、超越的な神を信じるというより、人間的なものを信じる傾向が強く存在していました。一神教とはずいぶん違うのです。


 ③観念神

 さらに第三に、観念神という部類に分けられる神々が存在します。たとえば創造や生成に働く力を神と感じるところから生み出された神々、たとえば産霊(むすび、万物を生み出し成長させる霊妙で神秘な力)の力をもった高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)・神皇産霊尊(かみむすびのみこと)・生殖力の象徴としての伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)、また腕力の象徴である手力男命(たぢからおのみこと)などがそうです。目に見えない不思議な力そのものが神ととらえられ、崇拝されるのです。
 このような自然神、人間神、観念神と人間が相互に関係し合い、相互扶助的な安心感を主とする信仰が神道の中では育まれてきました。圧倒的な力をもち人間を超越したヤハヴェやアッラーのような神ではなく、もっと人間に近い神々とともに生きてきたところにも神道の特徴があります。

 

 

(2)神道の神観

神楽(神楽は人間が楽しむものではなく、神々に楽しんでもらうためのものである)
神楽(神楽は人間が楽しむものではなく、神々に楽しんでもらうためのものである)

 ところで、神道の神々は定期的・不定期的に人々を訪問すると考えられてきました。そこで日本人は節目ごとに神々を迎え祭りを行なってきたのです。祭りの場所を清浄にし、心身を清め、御神酒(おみき)などを供え、歌をうたい、舞をまって神々をもてなしました。本来神楽(かぐら)などは神に楽しんでもらうためのもので、人間が楽しむものではなかったのです。こうして神々に楽しんでもらい、祝詞(のりと)や歌で神々に願い事を伝えますと神は託宣(たくせん)や卜占(ぼくせん)によって神意を人々に伝えました。その後神々と一緒に飲食するのですが、これを直会(なおらい)といいます。神道の神々と日本人の関係が親しく連続的であることに気づきます。また神道の神々が非常に人間的であることも感じられます。
 さらに水稲耕作が盛んになると、人々は一定の地に定住し強い共同体を作るようになりました。ここで祀(まつ)られるようになった神は祖先神とか土地の守り神の性格をおびるようになります。これが鎮守の神です。また氏族制度から出現した氏族を守る神は氏神で、その地域に住む人々は氏子といわれました。

 

(3)人間は神に近づくことができる
 こうして神道は多分に集団的な性格が強く、個人的な悩み事や救済の問題になると仏教に傾く傾向がありました。いずれにしても神道には、さまざまなものに畏敬の対象、神秘な力を見出し、これを神と呼び、その加護、庇護を願い、いつもこの神々を祀り、安心感を得ようとしたところに特徴があり、同時に自分も禊(みそぎ)、祓(はらえ)などによって清明となり、神に近づくことができるという信仰がその基盤になっています。
 以上が神道の基本的な特徴ですが、次回はこれを基盤として他の国々の文化と比較しながら、宗教と文化の関係、さらには世界における日本人の考え方、感じ方の特質、将来の日本人の生きるべき方向性などについて考えてみたいと思います。

3月31日に行われました当山27世「葬儀およびお別れの法会」にご参列を賜りました皆さま、またお心遣いを賜りました皆さま、ご厚情に深く感謝申し上げます。皆さまのお力をお借りして、法会を無事に終えることができました。ありがとうございました。法会の様子は、左端「ご報告の部屋」をご覧ください。また、当日は一般のご参拝の方々に多大なご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。(4月1日)

 

  

 「春の市民大学講座」(3月24日)は無事に終了しました。特に西洋哲学(デカルト)につきましては予想を超えるご来場者があり、関心の高さを感じました。ご参加の皆さま、お疲れ様でした。次の市民大学講座は7月20・21日です。ご参加を心よりお待ち申し上げています。(3月24日)

 

 

 

 

 会うことに意義があったと信じたい。再会は3度目の逢瀬?^_^;に繋がる。

 

 思い起こしてほしい…あの米ソ冷戦が激化していった時代、米英仏ソの4大国首脳がジュネーヴに参会して笑顔で写真に収まり(1955)、フルシチョフが訪米してアイゼンハウアーと会談したこと(59)が、(米大統領はケネディ代わったが)キューバ危機(62)の解決に繋がっていったのは間違いない。

 

 それにしても、「世界を俯瞰する外交」はどうした? これが「制裁・圧力」と言い続けて他人頼みの強硬外交を繰り返してきた結果なのか? 自らが位置する東アジアが大きく地盤変動しつつある時に、全く‘蚊帳の外’に置かれているのは噴飯物でしかない。

 

 再び思い越して欲しい…欧州に多大な惨禍をもたらした第一次世界大戦(1914~18)が終わった100年前、ウィルソン米大統領の唱えた「新外交new diplomacy」  が流行語となって、パリ講和会議(19.1-6)で恒久的平和に向けて熱い議論が繰り返されていた時代を。その時に日本は、「五大国  Big5」(米英仏伊日)の一員として講和会議に加わりながら、経験と語学力の不足そして何よりも平和に向けた ‘理念’ の欠如から、会議では孤立した挙げ句に沈黙を続けて「silent partner」と密かに軽蔑されたのだった。

 

 さらに「民族自決」という国際的潮流を見誤った日本は、朝鮮半島では「三・一独立運動」(19.3)を徹底的に弾圧し、大陸部では権益拡大を強引に追い求めて「五・四運動」(19.5)を引き起こした。…そして日露戦争の勝利でアジアの希望の星と思われていた日本は、アジアの民衆から失望され孤立していく。

 

 知る人によれば、友人を大切にする ‘良い人’ だそうだ。落ち着いた住宅街にあるお坊ちゃま大学を出た(少し単純な思考回路を持つ)男が、したたかな思惑を持った人々に操られて暴走した結果が、孤立した今の状況なのだろう。戦争への道を決定づけた上で内閣を投げ出した近衛文麿と酷似していると思うのは、私だけではないだろう。

 

 しかしながら、個人を批判しても仕方あるまい。二人とも、世論の支持を頼りに暴走していったのだから。あの時代に近衛内閣と大陸への強硬策を熱く支持した日本国民たちも、今の時代に(住民投票に示された)地方の民意を完全に無視し、かつ無形の圧力をかけて公文書や統計数字の偽装を官僚に強いる内閣に高い支持を寄せ続ける国民たち(特に若年層男性)も、時代を超えて共にその責任は重い。

 

 すべては、私たち国民のせいなのだ。(2019.3.4)

 

 

 

 

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