イスタンブールからバスを乗り継ぎトルコからイランに入ると、更に親日的な人々が。イラクとの国境近くでイランの軍人たちと。
イスタンブールからバスを乗り継ぎトルコからイランに入ると、更に親日的な人々が。イラクとの国境近くでイランの軍人たちと。

 《略歴》

稲田 真乗  Shinjo INADA。1957年3月、茨城県生まれ。早稲田大学法学部から同大学院法学研究科の修士・博士課程に進み、国際政治史を学ぶ。専門は19C後半~20C前半、特に第一次世界大戦前後の日本外交・東アジア国際関係史。その後、外務省外交史料館勤務その他を経て、現在は和光大学・駿台予備学校講師(国際政治史&観光歴史学・世界史)および当山代表。所属学会は日本国際政治学会・アジア政経学会など。「国境を越える旅」をテーマに海外各地を遍歴している。現在の目標は、当山からリスボン&ロンドンまで陸路&水路のみで踏破すること。ほぼ完成しているが、カスピ海沿岸の通過が課題!     

         ・・・当山の「見返り橋」は、京都を経て世界に繋がっているのです。


《主要著書・論文》
「日本海軍とミクロネシアのドイツ領諸島」(多賀秀敏編『国際社会の変容と行為体』成文堂)、「米西戦争とドイツ」(早稲田大学『法研論集』第86号)、「日本海軍のミクロネシア占領とヤップ島問題」(早稲田大学『法研論集』第90号)、『テーマで学ぶ近現代の世界史60』(共著/聖文社)、『世界史B』(共著/ベネッセコーポレーション)、『世界史用語集ちゃーと&わーど』(共著/駿台文庫)ほか。岩波書店『日本史辞典』・小学館『日本歴史大辞典』・外務省外交史料館編『日本外交史辞典』(山川出版社)の資料編作成や執筆にも当たる。

ハノイから陸路でバンコクへ! タイとの国境近くでカンボジアの子供たちと。
ハノイから陸路でバンコクへ! タイとの国境近くでカンボジアの子供たちと。
モスクワ「赤の広場」でトルコの青年たちと。次に陸路でウクライナ・ベラルーシ・バルト3国・フィンランドへ!
モスクワ「赤の広場」でトルコの青年たちと。次に陸路でウクライナ・ベラルーシ・バルト3国・フィンランドへ!

 

《コメント》

週末には境内の掃除などをしていることもありますので、見かけたらお声をかけてください。

 

ご来山をお待ちしています。

 

★スマホの方々へ

以下に《追伸》があります。

スクロールして、ご覧ください。

海外旅行の秘訣が載っています。

  

  ↓

  ↓

 

 

 

 

 

チュニジアからシチリア島へ向かうフェリーの中で
チュニジアからシチリア島へ向かうフェリーの中で

 《追伸》
個人で海外へお出かけになることを、強くお勧めします。旅行会社が企画する添乗員付きの団体旅行では味わえない、さまざまな出会いに恵まれるからです。往復の航空券はインターネットで即座に買えますし、ホテルは現地で(大抵は)容易く見つかります。海外では、部屋を見せて貰ってから宿泊を決めることも可能です(これを日本で行うと変人扱いされます)。

 

中国から陸路でカザフスタン・キルギスを抜け、再訪したウズベキスタンのサマルカンドは、summer festival の最中でした。
中国から陸路でカザフスタン・キルギスを抜け、再訪したウズベキスタンのサマルカンドは、summer festival の最中でした。

 

なお、近年では宿泊中のホテルでインターネットを利用して、前夜または当日の朝、次のホテルを予約することが多くなりました。便利な予約サイトが出来ていて、瞬時に空室状況がわかり割引価格で予約できます(掲載された写真に騙されることもあります)。

 

ところで、現地で友人を作る秘訣は、以下の5点です。 現地の人たちと同じ目線で行動すること(同じ交通手段や食堂を使うこと)、現地の歴史や社会情勢について知っていること、個人で旅行すること、 挨拶や御礼くらいは現地の言葉を使うこと。 いつも笑顔でいること(日本人は「無表情」な人が多すぎます)。

 

ご相談は、いつでもどうぞ!

現在の開門時間は、

9:00~16:00です。

 

筑波大学名誉教授(日本思想)伊藤益先生のご講義【第2回】     

「親鸞の信心」をUPしました。左端のタブ「internet市民大学」よりお入りください。      

      (2022.3.20)

【第3回】「親鸞の生涯」のお原稿は既に頂戴しております。ただいまUPの準備中ですので、もう少々お待ちください。   

      (2022.7.1)

 

 

 机に向かい静かに目を閉じると、想いは6年前に訪れたキエフ〔キーウ〕に飛ぶ。ホーチミン経由のベトナム航空でモスクワに着いた私は、その足で駅に向かい、翌日の夜行列車を予約したのだった。

 

 首都キエフは、ロシア正教会(今はウクライナ正教会)の建物が夕日に輝く美しい都市だった。十字架を抱えたキエフ大公ウラディミル1世がドニエプル川を見下ろし、独立広場にはウクライナ国旗とEU旗が記念塔を取り囲んでいた(大学の授業で配信した動画の一部をUPします)。

 

  モスクワからキエフまでは夜行で一晩、1時間ごとに寝台列車が出ている。乗車当日その場でキップも買える。「母がウクライナの出身なんだ」と話していた初老のロシア人男性。両国に親戚がいる人々も多い。その国に攻め込むとは…刻々と届く映像を見ていて涙が止まらない。


 事態を予想しなかったと話す識者も多い。フィンランド侵攻(1939)・ハンガリー事件(56)・チェコスロヴァキア事件(68)と繰り返された暴力。必ずキエフまで侵攻すると私は確信していた。なぜ事前に米軍やNATO軍を緊急展開させなかったのか。抑止力となったはずだ。腰の引けた指導者たちの宥和政策が、ヒトラーの勢力拡大を可能にしたことを思い出す。


 キエフではミンスク(ベラルーシの首都)行きの寝台列車の切符が買える。チェルノブイリの側を抜けた列車は、翌朝にはミンスクに着いた。そのベラルーシでは、一昨年にはルカシェンコ政権に対する激しい民主化要求デモが続いた。ロシアでも反戦デモが続いているようだ。ナショナリズムに染まらないロシア人の知性に、僅かな光明を見る思いがする。

      (2022.2.26)

《追伸》
  十数年前のロシア航空、隣に座ったチェコ人青年の言葉が思い出される。チェコ解体(1939)と「プラハの春」弾圧(68)を経験した彼らの言葉は重い。 
  Russia is more dangerous

  than Germany.


 自国の権益と安全保障を要求して一方的に他国に攻め込む姿勢は、満蒙特殊権益を死守しようとした80年前の日本と重なる。欧米諸国による圧迫やウクライナの性急な親欧姿勢が攻撃を誘発したとする言説も聞かれるが、それは米国による包囲網が日本を追い込み開戦に至らしめたとして、日本の侵略行為を矮小化しようとするのと同じである。        (2022.5.5)

 

 

 

書籍の販売コーナー宿坊にございます。左端のおしらせ→書籍販売コーナー新設のご案内とお進みください(写真がご覧になれます)。また、当山のパンフレットオリジナル絵葉書その他の記念品があります。宿坊の売店にてお求めください。パンフレットと絵葉書は、ご本堂内にもございます。