当山へは、都心より約2時間半でお越しになれます。


a.電車ご利用の場合
  1.水戸線の稲田駅へ、以下のいずれかの経路で!
   :東北本線の小山駅にて、水戸線友部または勝田行きに乗り換え。

     (東北新幹線もご利用になれます)  
   :常磐線の友部駅にて、水戸線小山行きに乗り換え。
   :TX守谷駅より常総線経由で、下館駅にて水戸線に乗り換え。

          (TX=つくばエクスプレスは山手線の秋葉原駅始発です)          
  2.稲田駅より当山へ!
   :国道50号線を桜川・小山方面に向かい、徒歩で15~20分。
   :タクシーのご予約も可能

         (TEL0296-72-1206/関鉄笠間ハイヤー)
b.お車の場合
   1.笠間西インターチェンジへ!
   :常磐道の岩間JCまたは東北道の宇都宮JCで、北関東道に入る。
  2.笠間西インターチェンジから当山へ!
   :北関東道の笠間西ICより国道50号線を水戸方面に向かい、約5分。

「春の市民大学講座」3月24日(日)に開催します。

 

皆川義孝先生「熊野・富士山・日光にみる日本人と宗教」(セミナー) および 岩本佳久先生「欧州近代の哲学を学ぼう―デカルトって誰だ?―」(公開講座)です。

 

受付を開始しました。詳細は左端最下段の「公開講座・Spring&Summer Seminarのご案内」をご覧ください(3月4日)

 

 

 

 

 会うことに意義があったと信じたい。再会は3度目の逢瀬?^_^;に繋がる。

 

 思い起こしてほしい…あの米ソ冷戦が激化していった時代、米英仏ソの4大国首脳がジュネーヴに参会して笑顔で写真に収まり(1955)、フルシチョフが訪米してアイゼンハウアーと会談したこと(59)が、(米大統領はケネディ代わったが)キューバ危機(62)の解決に繋がっていったのは間違いない。

 

 それにしても、「世界を俯瞰する外交」はどうした? これが「制裁・圧力」と言い続けて他人頼みの強硬外交を繰り返してきた結果なのか? 自らが位置する東アジアが大きく地盤変動しつつある時に、全く‘蚊帳の外’に置かれているのは噴飯物でしかない。

 

 再び思い越して欲しい…欧州に多大な惨禍をもたらした第一次世界大戦(1914~18)が終わった100年前、ウィルソン米大統領の唱えた「新外交new diplomacy」  が流行語となって、パリ講和会議(19.1-6)で恒久的平和に向けて熱い議論が繰り返されていた時代を。その時に日本は、「五大国  Big5」(米英仏伊日)の一員として講和会議に加わりながら、経験と語学力の不足そして何よりも平和に向けた ‘理念’ の欠如から、会議では孤立した挙げ句に沈黙を続けて「silent partner」と密かに軽蔑されたのだった。

 

 さらに「民族自決」という国際的潮流を見誤った日本は、朝鮮半島では「三・一独立運動」(19.3)を徹底的に弾圧し、大陸部では権益拡大を強引に追い求めて「五・四運動」(19.5)を引き起こした。…そして日露戦争の勝利でアジアの希望の星と思われていた日本は、アジアの民衆から失望され孤立していく。

 

 知る人によれば、友人を大切にする ‘良い人’ だそうだ。落ち着いた住宅街にあるお坊ちゃま大学を出た(少し単純な思考回路を持つ)男が、したたかな思惑を持った人々に操られて暴走した結果が、孤立した今の状況なのだろう。戦争への道を決定づけた上で内閣を投げ出した近衛文麿と酷似していると思うのは、私だけではないだろう。

 

 しかしながら、個人を批判しても仕方あるまい。二人とも、世論の支持を頼りに暴走していったのだから。あの時代に近衛内閣と大陸への強硬策を熱く支持した日本国民たちも、今の時代に(住民投票に示された)地方の民意を完全に無視し、かつ無形の圧力をかけて公文書や統計数字の偽装を官僚に強いる内閣に高い支持を寄せ続ける国民たち(特に若年層男性)も、時代を超えて共にその責任は重い。

 

 すべては、私たち国民のせいなのだ。(2019.3.4)

 

 

 

 

庵田米を販売しています。左端の「庵田米の販売について」をご覧ください。

 

書籍の販売コーナー宿坊にございます。左端のおしらせ→書籍販売コーナー新設のご案内とお進みください(写真がご覧になれます)。また、当山のパンフレットオリジナル絵葉書その他の記念品があります。宿坊の売店にてお求めください。パンフレットと絵葉書は、ご本堂内にもございます。